東京の水辺を巡る旅 第1弾/「海から見た東京」と「海を見る東京」

2016年7月5日、国際観光施設協会建築部会は、一般社団法人まちふねみらい塾との共催で「観光インフラとしての東京の水辺を考える」と題した水上セミナーを行った。

パーティークルーズ船を借り切り、海の上から見た東京の魅力を探そうという企画である。

天王洲のピアから出発して南に向かい、羽田沖で折り返してレインボーブリッジをくぐり、築地沖を通って浅草吾妻橋まで至るルートを、東京の街並みを普段とは異なる角度で東京湾側から見ながら北上した。まちふねみらい塾からの参加者も含めて、90人乗りのジーフリート号で定員ほぼ満員であった。

 

天王洲から羽田沖に至る船上ではキャビン内のスクリーンを使い、まちふねみらい塾の代表理事、元東京都産業労働局観光部長の高松巌氏から東京ベイエリアの現状や今後の開発の方向性等についてレクチャーをされた。

羽田がハブ空港として成田以上に重要性を増す中で、空港と都心を結ぶルートとして水上交通を活かしてはどうかという話から始まる。

英国のウィリアム王子が来日した際、前都知事が船でエスコートしたのは記憶に新しく、来訪者が最初に見る東京の姿が湾岸エリアからというのは東京の都市像にある種のパラダイム変換をもたらす可能性はありそうである。

江戸時代には世界有数の水運の街だったと言われる東京の水辺を魅力的に再生するにはそのくらいインパクトのある仕掛けが要るだろう。

 

現状の天王洲から羽田沖に至る運河沿いの風景は倉庫ばかりで魅力に乏しいが、この時間を活用したレクチャーの中で興味深い話があった。

以前まちふねみらい塾からこの水上ルート改善策を行政に持ち上げた際に、水辺の環境保護を主張する「野鳥の会」が最大の難関で突破は無理だろうと言われたが、実際に野鳥の会に赴いたら「野鳥の生息域となっている潮の満ち引きよって現れる砂州部分を保護すれば問題ない」とのコメントを得たらしい。

どの行政にも必ずある縦割りによって計画の自由度が妨げられることはよくあるが、実際には存在しない縦割りの障害を意識の中で創り出してしまうこともあり、横通しに動いてみると意外と簡単に突破口が開けるという例だろう。

羽田から都心に移動する途上で野鳥の群れるさまを見られたらさぞ楽しいだろうと想像させられた。

 

羽田の滑走路の先端沖まで達した辺りからまちふねみらい塾専務理事で建築家の阿部彰氏が船の屋上に上がり実際の風景を見ながら詳細な解説を戴いた。

羽田沖で折り返してからはレインボウブリッジを目指して幅の広い水上ルートを通り、それまでの運河沿いのやや圧迫感のある風景とは一変した。

コンテナヤードなどの港らしい風景も距離を置いて見ると随分と印象が変わるものである。北上するにつれて大型船の泊まれる岸壁は減り、次第に都市的な風景に変わっていく。

江戸末期の砲台跡だったお台場の由来を聞きながら当時の石積みが残る岸壁を眺め、かつてハウステンボスを計画から立ち上げた池田武邦氏から「コンクリートの護岸ほど水辺の生態系をダメにするものは無い。あれは一種の殺戮行為だ」と言われたことを思い出した。

丁寧に積まれた独特の石積みは今見ても美しく、歴史を感じさせるだけでなく、周囲の浅瀬や緑地とも馴染み、鳥や小生物の格好の棲み処となっているようだ。

船が北上するにつれてこうした港や自然豊かな風景は減っていく。水路の幅も次第に狭まっていき、岸辺がより近くに見えてくる。

風景のスケール感が変わり岸に居る人々のアクティビティが見えるようになってくる。レインボウブリッジをくぐる辺りからそんなことを感じ始めたものだからこの巨大な橋がなおさら東京へのゲートのように思われた。

 

入り組んだ風景の中に日本橋川のような小さな河口がいくつも見え、「ここを遡っていくと何処に行くのだろう」と思わず誘われるような感じがするが、河川によっては途中に水門があったり、入れる船のサイズも限定されるなど知識が無いと身動きも出来ないという、難しい課題も教えていただく。

岸辺にはいわゆる「親水空間」と呼べる公園や水の風景を活かした建物が多く見られるが、こうした魅力的なものが「並んでいる」という印象は無い。散見される程度、というのが実情ではないだろうか。

京都の鴨川沿いでは、川に沿って建ち並ぶ町屋の多くが街路に面して間口の狭い入口を持ちながら深い奥行きの先に川に面して開かれて飲食店のテラス席になっており、水辺と表裏一体に街が構成されているのが見られる。

一方、東京の湾岸ではそうした水辺の活用は個々の施設、建物まかせになっており、多くの建物は水辺に背を向けて建っているように見える。

もっと水景を活かし「海を見る」建物、店舗が増えてくれば逆に水上交通側から見ても街が魅力的に見えるし、水辺が親水空間としてより整備されるだろう。

陸地と水上が対話するような関係が互いをより魅力的にするはずである。

しかし、それには水辺を活用することによって成功を収める起爆剤となるプロジェクトが要るのだろうとも感じる。

実際には晴海や佃島の大川端などの大きなプロジェクトではそうした試みはされているのだが、土木工事である岸壁の整備と建築ランドスケープとの融合は法的にも課題が残る。

個々の小さな建物の中では水に面して客席を多く設けた飲食店ビルなども見られるが、阿部氏によると、それが鴨川のように外に解放されたテラス席をつくろうとすると、近隣から反対されて挫折してしまい出来ないことが多いのだそうである。

夜うるさいから、ということらしい。画期的な成功モデルがあれば場所に対する価値観が変わり、こうした社会的な風潮も変わってくるだろうと期待したい。

 

今回の水上セミナーの大きなテーマは「東京の水辺に潜む魅力を探る」とともに「水上交通をもっと活かせないか」という課題を実体験することだったと思う。

水上交通の整備には技術的な課題の克服と共に法的な整備が必要であることと共にポテンシャルも非常に大きいことを学んだ。

羽田空港築地市場跡、大川端、浅草等のハブとなるポイントを整備していけば必ず魅力的な水上幹線交通が必ず出来るだろうと予感された。

一方で、「東京の水辺の魅力」を高めるという点では、水際の整備に関わる法的な整備、緩和と共に、個々の水辺を持つ計画が水と陸との間の「見て、見られる関係」をつくり出していくことが重要だと感じた次第である。

観光資源、都市インフラとしての東京の水上交通、水辺の空間の現状を知り、あるべきかたちを考えさせられる有意義な3時間であった。